義輝伝説、高台寺蒔絵、秀忠の白椿…って三日月さんの前を通りすぎてきたものたち、彼が抱えてきたであろうものたちを三日月さんの背後にあれほど映し出して、曲が転調したところで「今(2205)」の情景になる…って考えると、あの曲やっぱりへんだと思うけどもさー、納得せざるをえなくてさー… 2016.11.3(Thu) 22:49 twlog_3k